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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)2218号 判決

原告 西部琺瑯鉄器工業協会

被告 国

訴訟代理人 光広竜夫 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、原告がその主張のような権利能力のない社団であることは当事者間に争がない。証人市川健(第四回)の証言によつてその成立の認められる甲第一〇号証及び同証言によると、原告はその構成員(会員)に係る琺瑯鉄器製品の受注、販売等を目的とするものであつて代表者(理事長)の定めがあることが認められる。

二、原告は連合国占領軍第八軍調達担当官シヤフナー中尉は昭和二一年四月原告に対し電気冷蔵庫各部品一万個の製作納入を強制的に命令したと主張するけれども、右命令によつて原告が部品製作及びその準備をすることを法律上拘束される要件事実やそのために生じた法律効果が国(被告)に帰属する要件事実(参照・昭和二七年四月二八日条約第五号第一九条a、昭和三五年六月二三日条約第七号第一八条第五項)の詳細については、本件第一回口頭弁論期日の昭和二八年七月六日から最終口頭弁論期日の昭和三九年七月三日までの間にこれを明瞭にしないところである(右期日に、原告代理人は右法律効果が国に及ぶのは調達制度によると陳述したけれども、やはりその趣旨は明瞭でない。)から、攻撃方法たる右主張を前提とする損害賠償請求(一部請求)は理由がないものというほかはない。

三、原告は、昭和二一年七月二七日交易営団(以下営団という)は被告の機関又は代理人として原告との間にその主張の内箱、扉、前板及び小板各二五〇〇個の製作納入契約を締結したと主張するので検討する。

(1)  営団は昭和一八年三月六日法律第二六号・交易営団法により設立された法人であつて、「(第一項)一、物資の輸出及び輸入竝びこれに伴う当該物資の買入れ及び売渡し、二、重要物資の保有、買入れ及び売渡し、三、これ等の業務に付帯す業務。(第二項)政府の認可を受け前項の業務のほか、交易営団の目的達成上必要な業務」(同法第二一条)を行うことができるものとされている。営団は戦時に際し国家経済力の増強のため、重要物資の貯蔵を確保したり、交易の統制運営をすることを目的とする(同法第一条)ものであり、その公共性の反面、営利性を失つてはいないものである。営団一般はがんらい経済固有の生活を国家的秩序に総合する組織体として設立されたものであり、交易営団は前記業務を行うことができるのとされている以上、営団は、戦争状態(敗戦から平和条約発効まで)に際し連合国占領軍の要求に係る物資等の調達に関する事務として物資の買入れ及び売渡し並びにこれに準ずる業務を行うことができるものというべきである。他方、行政機関として、連合国最高司令官の要求に係る兵舎、宿舎その他建造物及び設備の営繕竝びに備品の調達に関する事務を掌らせるため、臨時に戦災復興院に特別建物建設部が置れた(昭和二一年三月二〇日勅令第一四九号・戦災復興院特別建設部臨時設置制)。同院特別建設部は一方において連合軍との連絡をし、他方建設用資材及び備品の調達事務等を管掌した(同日付戦災復興院特別建設部分課規程)。成立に争のない乙第一号証によれば、同年四月一日戦災復興院特別建設部総務課長塩原有(甲)は、営団需品部長森村武夫(乙)との間に、「甲は乙に対し別紙〈省略〉品目に関する一切の納入を下命し乙はこれを承諾する。前記各品目の明細……価格等に関しては、甲が別に定める註文書に依り納入すること。納品は原則として甲が指定する場所へ搬入し、甲は検収の上受領することを要する。甲は納品の検収が終了したものに対しては乙の請求により代金を支払うこと。(第八項)甲が発した註文を甲の都合によつて解約する場合、これによつて生ずる乙又は製造業者等の被る損害を甲は補償する等契約したことが認められる。してみれば、戦災復興院は、営団との間に物資売買等の契約を締結すべきものであつて、同院の事務権限を営団に移譲したり、事務権限の代理を営団に認めたりなどしていないことがうかがわれる。右契約(以下包括契約という)第八項で、国が製造業者等の被つた損害を補償する旨定めてあるけれども、この契約の当事者はあくまでも戦災復興院(国)と営団とであつて、これによつて国と不特定の製造業者等との間に債権債務関係が発生するはずがない。したがつて前記第八項の損害補償の定めがあるからといつて、営団が国(被告)の機関又は戦災復興院の代理人であるということはできない。営団は製造業者等から物資を買い入れたうえ戦災復興院(国)に売り渡し、同院が占領軍の調達要求を充たす過程をもつて、不合理であるということはできない。なお、昭和二〇年一一月一九日勅令第六三五号・要求物資使用収用令第二条に基づいて主務大臣又は地方長官が連合国最高司令官の要求を充足するため、特に必要があると認めるときは、要求物資の収用処分等をすることができたのである(それによつて被収用者等に生じた損失は政府が補償する義務がある((第一八条))が、本件においてこのような収用処分が行われたことは原告の主張しないところである。

戦災復興院特別建設局(特別建設部は昭和二一年一一月一四日勅令第五三八号で特別建設局に改められた。)は、昭和二二年一二月三一日限り廃止され(同月二六日法律第二三八号)、その事務は法人たる特別調達庁(昭和二二年四月二八日法律第七八号・特別調達庁法)に引き継がれた(内閣訓令甲第四三九号)。他面、この法人たる(すなわち行政機関でない。)特別調達庁が、営団の地位ないし営団のした物資買入等契約上の権利義務を引き継いだ要件事実を認めるに足りる証拠はないし、引継ぎを認める法の規定もない。ついで昭和二四年五月三一日法律第一二九号特別調達庁設置法により行政機関たる特別調達庁が設置され、同庁は昭和二七年四月一日法律第三七号で「調達庁」に改められたのであるが、行政機関たる特別調違庁の発足と同時に、国が法人たる前記特別調達庁の権利義務一切を承継したのである(同法附則)。以上要するに、戦災復興院特別調達局(部)所掌の要求物資等調達事務は、まず法人たる特別調達庁に、ついで同庁より行政機関たる特別調達庁(後に調達庁)に順次引き継がれた。他方、営団は昭和二二年三月一〇日勅令第七四号・閉鎖機関令による閉鎖機関に指定され、指定日以後、大蔵大臣及び主務大臣の特に指定する業務を除く外、その業務を行うことができなくなり(同令第三条)、解散して(第八条)いわゆる特殊清算をする(第八条の二)。したがつて指定日以前の契約に基づく債権債務は特殊清算人の職務に属する「現務の急速な完了。債権の取立債務の弁済」(第一〇条第一項第・三号)として当然清算事務に属する。したがつて指定日前、営団が自己の名で原告との間に締結した契約上の債権債務は法律行為又は法の規定による原因のない限り他に(本件では、国に)移転するものではなく、清算事務の対象として営団に残存しているものといわなければならない。

原告は、営団は昭和二一年六月二〇日勅令第三三〇号・交易営団解散令によつて解散したと主張するけれども、同令は施行されないまま昭和二四年一二月一日法律第二三二号・産業設備営団法及び交易営団法を廃止する等の法律の施行(同日施行)によつて、廃止されたのであつて、営団は交易営団解散令によつて解散したものではない。原告の右主張は採用できない。

(2)  前記乙第一号証、第三者の作成したものであつて弁論の全趣旨によりその成立の認められる乙第七号証の三のうちの註文書写、証人市川健の証言(第一、第二、第四回)によつてその成立の認められる甲第四号証、同証言及び弁論の全趣旨によると、昭和二一年七月二七日原告の担当者喜多野は営団大阪支部需品局の担当者清川より「復興院指示書番号……」の記載のある注文書を受け取り占領軍要求物資たる電気冷蔵庫部品の内箱、扉、前板及び小板各二五〇〇個を暫定価額一個につき内箱二五〇〇円、前板一〇〇円及び小板五〇円で同年一二月末日までに製作納入すべき旨の注文を受けて原告は営団との間にその契約を締結したことが認められる。戦災復興院特別建設部が右契約締結代理権を営団に授与した事実(援権行為)を認めるに足りる証拠はない(証人木谷田弘光((第一回))、志野清兵衛の証言のうち営団は戦災復興院の代理人である旨の部分は信用しない)。前記認定のように前記包括契約第八項に国(被告)が製造業者等の被つた損害を賠償すべき旨定められているけれども、包括契約の当事者は戦災復興院と営団とであり、第八項の定めによつて直ちに第三者たる原告が国(被告)に対し損害賠償債権を取得するいわれはないのであつて、第八項の定めをもつて営団が戦災復興院したがつて被告の代理人として前記製作納入契約を締結したものと認めなければならないものではない。又、前記認定のように注文書に「復興院指示書番号……」の記載があるけれども、前記乙第一号証、第三者の作成したものであつて弁論の全趣旨によつてその成立の認められる甲第七号証によると、従前、営団の業者に対する代金支払の資金は、戦災復興院の営団に対する前貸金によつて賄なわれていたところ、この支払方法が変更されることになり、昭和二一年三月末現在の未払金は、前貸金関係を除き、営団の手持資金の限度内でこれを支払い、同年四月一日以降の納入品に対する代金は、すべて復興院より営団が支払を受けた後に営団が業者に支払う方針をとることとなり、同年四月一〇日付でその旨業者に通知されたことが認められる。したがつて、たとえ注文書記載の前記文言によつて、復興院の営団に対する業者への前貸金貸付けの指示が行われたことが認められるとしても、復興院が自己と業者との間の契約締結代理権を営団に援与したものと認めなければならないものではない。

すると営団が自己の名において昭和二一年七月二七日原告との間に前記各部品製作納入契約を締結したものと認めたことに不合理はないというべきである。右契約は、被告の代理人又は機関たる営団と原告との間に締結された旨の原告の主張は採用できない

四、(1)  原告は、戦災復興院(国)は包括契約第八項において、直接原告に対し損害を填補する旨約したものであると主張するので考えてみる。

原告が昭和二一年一二月中その製作に係る内箱一〇八二個及び扉九六八個の検収を受けてこれを営団に引き渡したことは当事者間に争がない。成立に争のない甲第三号証、乙第五号証、第七号証の五、第九号証の一、二、第一三、第一四号証、前記市川健の証言(第一回から第四回まで)によると、次の事実が認められる。

営団は、暫定価額(内箱一個二五〇〇円、扉一個四四〇円)、による納入ずみ各部品の代金三一三万〇九二〇円のうち二一〇万一九四〇円を原告に支払つたが、その際右二一〇万円一九四〇円のうち六五万八四四二円は、さきに営団が原告に交付していた前貸金二二〇万五〇〇〇円のうち同額の返済に充てた。その後原告は内箱一四一八個、扉一五三二個、前板及び小板各二五〇〇個を引渡場所である中川機械株式会社等の組立工場に搬入したが、検収を受ける前の昭和二二年一月中法人たる特別調達庁より占領軍の都合による製作中止、つまり契約解除の申入れがあつたので営団は原告に対し製作納入契約を解除すべき旨申し入れ、原告は結局これを承諾し、右契約は合意解除された。未検収の各部品は営団に引き渡されないまま散逸し、原告は組立工場からこれを引き取つていない。

以上の事実が認められる。右認定に反する証拠はない。

してみると原告は未納の各部品の価額(いわゆる暫定価額によるべきか確定価額によるべきかはしばらくおく)よりその製造原価を差し引いた金額、つまり利潤額相当の損害を被つたものというべきである。しかしながら、戦災復興院、つまり国たる被告の方で包括契約第八項に基づいて、原告に対し具体的に損害を填補すべき旨約した事実を認めるに足りる証拠はない。前記包括契約は、戦災復興院と営団との間に締結されるべき個個の取引契約の基本となるものであつて、包括契約第八項では補償すべき金額、補償されるべき製造業者等は不特定であり、被告がこれだけで直ちに特定のないし特定されるべき製造業者に対し具体的ないし具体化さるべき損害の賠償義務を負担したものということはできない。原告の主張は採用できない。

(2)  原告は、営団はその後解散し部品製作納入契約上の債権債務は特別調達庁に引き継がれたと主張するけれども、証人市川健(第一回)、木谷田弘光(第一回)及び志野清兵衛の証言のうち右主張にそう部分は信用できない。他に右主張を認めるに足りる証拠はない。指定日前の営団の債権債務が解散後の営団に属しており特殊清算の対象であることは前説示のとおりであり、原告主張の損害賠償債権が営団の解散した昭和二二年三月以前の同年一月中に発生したものであることは前記認定事実によつて明らかである。したがつて前記契約上の債権債務は特殊清算中の営団に属しているというべきである。原告の主張は採ることができない。

(3)  原告は特別調達庁、ついで調達庁と交渉を重ねた結果、調達庁の担当官は原告に対し、損害を填補すべき旨契約し、あるいは損害賠償債務を承認したと主張するので考えてみよう。

前記乙第七号証の三、成立に争のない乙第五号証、第七号証の一のうち起案部分以外のもの、同号証の二、四、五、第八号証の二、第三者の作成したものであつて弁論の全趣旨によりその成立の認められる乙第七号証の一のうち起案部分、第八号証の一の(甲第一九号証と同一内容)、前記市川健の証言(第一回)によつてその成立の認められる甲第五号証、右市川健の証言(第一回から第四回まで)によると、次の事実が認められる。

原告代理人市川健、土田吉清弁護士は昭和二四年末項から特別調達庁、後に調達庁に対し原告は前記契約解除により二四〇〇万円余の損害を被つたとして、賠償を要求していた。調達庁は昭和二七年六月項から後検討した結果、国(被告)はほんらい法的には直接原告に対して損害賠償義務を負うべき筋合のものではないが、同庁では行政的にこれを解決すべきものとして調達再検委員会等に付議した結果、前記包括契約八項及び補償要綱該当事項第二条第六項「軍の調達要求を充足するための国の行為により相手方に直接の損失を与え、国において補償の責を免れ得ない場合」に該当するものとした。損害の額については、調達庁は原告の未納各部品について得べかりし利益(代金額と製造原価との差額)を厳密に算定することなく、納入分内箱一〇八二個及び扉九六八個の代金は、あえて確定価額(電気冷蔵庫の統制額を構成する各部品の価額、すなわち内箱一個一七〇〇円、扉一個三〇〇円)計二一二万九八〇〇円によらず暫定価額(内箱一個二五〇〇円、扉一個四四〇円)計三一三万〇九二〇円によることとして、これと前者との差額一〇〇万円余相当の損害を原告は被つたものとし、実質上これを填補することを決めた。そして調達庁は外形上「残代金」たる三一三万〇九二〇円から既払代金二一〇万一九四〇円を差し引いた残額一〇二万八九八〇円を大阪調達局長をして原告に支払わせることとした。その予算は当時確保されていた。そこで調達庁長官は昭和二八年二月二八日付でその旨大阪調達局長に通知し、通知は同年三月一一日同局長に到達した。大阪調達局事業部長岡田孝男は、その頃原告代理人市川健に対しその旨通知し、かつ一〇二万八九八〇円の内金三〇万八六九四円は原告が営団から借り入れていた前貸金の一部返済に充てるため、営団特殊清算人に支払うべく、原告及び営団は今後被告に対しその余の請求をしないことを約すべき旨を申し込んだ。しかし原告は申込みに応じなかつた。

以上の事実が認められる。前記市川健の証言(第一回)中右認定に反する部分は信用できない。他に右認定を左右するに足りる資料はない。

してみると原告と前記契約を締結したのは営団であつて、営団の前記未納部品についての契約解除の申入れ、つまり受領拒絶によつて、原告は得べかりし利益を失い、損害を被つたものというべきである。本件において、前記合意解除がなされたからといつて、原告が損害賠償債権を放棄したものということはできない。しかし法人たる特別調達庁の営団に対する解除の申入れないしは営団に対する国の行為によつて原告が自己と営団との間の契約上の損害を被つたものということはできない。したがつて被告が直接原告に対し損害賠償義務を負担したものと断定することはできない。しかし調達庁では、前記のように原告が約一〇〇万円余相当の損害を被つたものと判断した結果実質的にこれを填補するべく、右一〇〇方円余を含めた「残代金」を支払う旨原告に申し入れたところ原告がこれを拒絶したため損害填補契約は成立しなかつたものというほかはない。調達庁の担当官等が原告に対し損害賠償債務を承認したということもできない。調達庁の方で前記金額支出のための予算が計上されていたからといつて、損害填補契約が締結されたものあるいは損害賠償債務を承認したものということはできない。原告の主張は採ることができない。

五  そうすると、原告の本訴請求は失当として棄却すべきであるから、民訴法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山内敏彦 平田孝 小田健司)

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